3月18日に第95回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)が開幕する。センバツの晴れ舞台で思うようなプレーができなかった元球児たちは今どうしているだろうか。苦い春が生きる力になっているのか、それとも――。 ◇19年出場、石岡一・岩本大地さん(21) 甲子園がどよめいた。2019年センバツ、3月25日の第2試合。21世紀枠で春夏通じて初めて聖地の土を踏んだ石岡一(茨城)のエース右腕が立ち上がりから4者連続三振を奪い、八回まで盛岡大付(岩手)の強力打線をわずか2安打に封じた。2―0でリードして九回2死までこぎつけたが追い付かれる。そして延長十一回裏、エースは1死満塁から170球目を投じた。 岩本大地さん(21)だ。中学時代から注目され、県内外の強豪私学から誘われたが、地元の県立校から甲子園に行くと決めた。センバツの1カ月前に腰を痛め、打者を立たせて投げる練習を再開できたのは開幕1週間前だった。 だが気迫は十分。本番では序盤から140キロ台の快速球にスライダーを織り交ぜ、楽しめた。だが延長に入り、体は限界に近づいていた。フルカウント。「どうせなら全力で」と、最後は自信があった直球をど真ん中めがけて放った。 詰まった打球が転がってきた。併殺を狙える。捕って本塁へ投げようとした時、指先の感覚がなかった。手を離れたボールは捕手ではなくバックネットへ。サヨナラの悪送球。がっくり膝をついた。 悔しさでいっぱいだったが、チームメートも監督も「ナイスピッチング」と声をかけてくれた。熱投をたたえる電話やメッセージをいくつももらった。学校最寄りのJR石岡駅に帰り着くと、学校までの200メートルの道に大勢の人が集まり、「よくやった」と出迎えてくれた。自分のピッチングが全国で通用したという手応えが湧き上がってきた。 岩本さんは今、中央大の3年生。名門の野球部に在籍し、全国から集まってきた逸材たちと切磋琢磨(せっさたくま)している。目標はプロ野球選手になることだ。幼い頃からずっと念じてきた。 プロ入りしたら報告したい人がいる。小学時代から欠かさず試合の応援に来て、仕事で帰宅が遅い父の代わりにキャッチボールの相手をしたりノックをしたりしてくれた母の美由起さんだ。息子の晴れ姿を甲子園で観戦した後に末期の肺がんと診断され、その年の8月に亡くなった。野球に打ち込む息子に心配をかけまいと、闘病中もつらい顔を見せなかった。 あの春、周囲から応援される喜びを知った。「何事にも一生懸命に取り組んで、多くの人に愛される選手になりたい」。亡き母に喜んでもらうため、今日も練習を重ねる。【戸田紗友莉】